おろかものの正義論
小林和之『「おろかもの」の正義論』
- 作者: 小林和之
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2004/12/07
- メディア: 新書
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要旨をさらに短く抜粋、しようとしたけどできないので全文引用。引用のマナーには反するかな…でもルールに反するとまでは言えない。と思う。
あらゆる権威は失墜し、そして誰も「絶対の正義」など信じなくなった。「正義」の名の下、憎悪が戦火を拡大する時代だ。だがそれでも、人は「正しさ」なしでは生きてゆけない社会的存在である。では、聖人には程遠い「凡愚」たる私たちは、「正しさ」について何を語りうるのか。本書では、脳死・臓器移植、死刑、愛国心、民主制、環境破壊と南北格差など具体的問題を素材に、価値観が鋭く対立する他者との間に「約束事としての正義」を築きあげる道筋を示す。現代の突きつける倫理問題をみずから考え抜く力を養うための必読書。
昨日の[Web][雑記] 閉塞感と正義と「社会正義」、定義という記事を書いたときは、多分この要旨の内容が念頭にあった。
Amazonレビューから、『「おろかもの」の正義論』公式ページの存在を知った。(Amazonの「レビュー」だけでなく「カスタマーレビュー」もおもしろかった。)
これ安いし買おう。ただそういう問題意識は前から持っているので、意識がそういう方向ばかりに向くのを恐れる。
一般的には、筆者がいうわれわれの社会は、自動車の利便性と引き替えに、人がひき殺されることを容認している
ということは意識されていないんだろうな。そういうリスクはあらかじめ見込まれている。
そして、これは私が交通事故を容認しているということではなく、社会が容認しているということの記述にすぎない。なんというか「こうあるべき」という主張と「こうである」という認識の叙述は一般に混同されがちなんだろうな。
ある小説の中の「レイヴン・セルダン」という呼び名を思い出した。悪いニュースを告げる者は悪いニュースと同一視されて憎まれがち。