不易流行

 あとりさん(id:Atori)の、『希望のしくみ』という本のレビューを読んで少しコメント欄に書いてみたのですが、その際おもしろいページを見つけました。

哲学エッセイ:「パンタ・レイと諸行無常との間」

 ヘラクレイトス原始仏教との異同も強く意識され、とくに相違点について紙幅が割かれている。それに、

そもそも、古代ギリシャの哲人は、浮かれたように万物の根源を探求した。探し回った挙げ句、水だ、火だ、数だと言い張ったのである。

 このあたりで、あとりさんも挙げられていた小説万物理論』とつながりそうだ。

 この「哲学エッセイ」の文脈でいうと、私としてはやはりただ流れに任せてというのではいけない気がする。自然災害や大規模な虐殺から、町中で起きる殺人事件、亜細亜大学野球部の「今日もいい女がいるから行くぞ」まで、個々人の開かれた身体性に委ねているだけではどうにもならない、というか、どうにか対処がなされるべきだと思うのが私の感覚。健全な身体に健全な精神が宿るとは限らない(亜細亜大の野球部は強いらしいし)。だいぶ話が逸れた。別に何か議論がしたいというわけでもない。


 なんだか話がまた逸れていきそうだったので削除して更新。