「偽善」の意味、忌避すべき偽善とは

あまり練っていると結局書けなくなるので急いで簡単に書いてしまおう。ていうか公に発言することにあまり関心がなくなったので、自分のための覚え書き。


あなたは偽善者ですか?という極東ブログの記事


おおむね賛同


匿名で悪を行なうことは偽善だろうか。

匿名というのは結局、その行為の報いを身に受けないでいようというもの

匿名の善行は、善い行いの報いを身に受けまいとするもの。これは「よい」。よいことをして、しかもそのよいことによる称賛なども得ないでいようとしているその禁欲的?な態度、二重によい

行為/主体の峻別

匿名で悪いことをするのは、悪いこととわかっていてしかもその報いを受けまいとするもの、だから普通の悪ではないか

では匿名でなく大っぴらに悪いことをするのは?私はこれを偽悪と呼びたいし、悪よりも「悪い」在りようだとも思う。ここで宅間死刑囚のことを思い出す。

悪いことをして何が悪い、とばかりに開き直って(後略)。自分を取り繕う事への嫌悪を根としたもの。自己嫌悪も含む。また「いいかっこしやがって」という憎しみから。いわゆる悪や悪人とはこういうプロセスを経て形成されるのかもしれない(今シレッと「悪人」という概念を持ちだしたが、そもそも純粋な概念としての「悪人」というのが現実に存在しているのかどうかについてもいろいろ思うことはある。一般的に悪人と呼ばれるような人はもちろんいる)。


同記事のコメント欄を見て:偽善者でもいい、と開き直るとき、どのような偽善者でもいいのか(どこまでも開き直っていいわけではないし、そこで「偽善」という言葉による誤解をしてはいけないだろう。誤解というか、自己規定や決意表明の言葉が不適当なせいで自らをミスリードしてはいけない)

偽善者の定義は些末なようで本質的な問題(どういう姿を自分は忌避すべきか)


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